社会人8年目 シンガーソングライター
人から人へ贈る歌  小学校1年生の頃からピアノを習っていた。が、「この通りに弾きなさい」と強制する楽譜がどうしても好きになれず、4年生で辞める。 「音楽は、堅苦しくて、難しいもの。」それが当時の印象だった。 そんな音楽への気持ちが大転換したのは、中学校2年生のとき。初恋の女の子に伝えられなかった想いとピッタリな曲をCDで聴いたとき、とめどもなく涙があふれた。それが、シンガーソングライターという職業との出逢いでもあった。すぐに作曲を勉強した。自由に気持ちを表現する手段としての音楽は、楽しかった。それからもずっと音楽を続け、大学生になってもやっぱり音楽で生きていきたかった。  だけど、仕事は楽しいだけではやっていけない。 高い音域を出せない自分の声にコンプレックスがあった。 音楽業界は厳しい。そんな中で自分の音楽が売れるとは、到底思えなかった。「音楽は趣味」とわりきって、普通にサラリーマンとして働く道を選んだ。ところが、毎日ほぼ終電で帰宅するような状態で、趣味にも時間を割けない日々が続く。現状打破のため、友人の誘いを受け、一緒に設立したIT系ベンチャー企業も失敗。小さな町工場で、作業着を着てドリルやフォークリフトを使う仕事を経験しながら「もうあきらめて、普通に就職した方が」という思いは、日増しに強くなっていった。  25歳のとき、インターネットで、いじめにあっている中学3年生の女の子のことを知った。ホームページに綴られる言葉から、その子の心の痛みが伝わってきた。「この子の力になりたい。この子自身が持つ優しさに気づいてもらいたい。」その気持ちひとつで、その子に宛てて歌を創り出した。想いをありのままに曲にのせて、飾ることのない言葉を形に。ウォークマンで録音しただけの稚拙な音源を、ネットで公開する。無名な僕の音楽が、この子の傷ついた心に届くのだろうか。だけど伝わった。  「曲ありがとうございます。凄く嬉しかった。泣いちゃったけど。安達さんの曲、大好きです」…
 誰よりも自分が音楽の可能性に気づかされた瞬間だった。技術や知名度がなければ音楽を配信しちゃいけないと思っていた。でも、違った。自分で限界を作っていただけで、今この瞬間にもやり方次第で出来ることはあると知った。  そうだ。音楽というのは結局、想いを伝える手段の一つなんだ。面と向かって言えないことでも、曲にすれば言えることがある。普通ならはねつけてしまうことでも、歌になれば受け容れられることがある。そこに音楽があることで、大切な想いが伝わるのなら、求めている人はたくさんいるはず。それに気づいた時、「誰かの想いを歌う」シンガーソングライターを仕事にしようと決めた。  28歳になった今、たったひとりのためのメッセージソングを贈っている。自分自身、技術にも満足していないし、「君の稚拙な詞は、作詞じゃない」と非難されたこともある。だけど気にしない。自分にとって作詞は翻訳。翻訳ならば、一番大切なのは「心が伝わること」。芸術作品としてのクオリティーよりも、そこで伝わる想いにこそ、かけがえのない価値がある。  たった一人に贈ったことから始まった自分の楽曲を、僕は『ソングレター』と命名した。『ソングレター』と名づけたのは、自分の歌は「人から人へ贈る手紙のようなもの」だと思うから。僕の夢は、この『ソングレター』を通して、一人でも多くの人の心と心をつなぐこと。そしていつか、触れたすべての人が大切なことに気づけるような、そんな音楽を創りたい。  安達充 28歳
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